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東京地方裁判所 平成3年(ワ)5254号 判決 1996年12月26日

原告(反訴被告。以下「原告」という)

財団法人春雷会

右代表者理事

中村力

右訴訟代理人弁護士

長瀬有三郎

被告(反訴原告。以下「被告」という)

株式会社ユニックス

右代表者代表取締役

岡田和実

右訴訟代理人弁護士

中野比登志

被告補助参加人(以下「補助参加人」という)

有限会社盈進物産

右代表者代表取締役

山路昌己

右訴訟代理人弁護士

松浦光明

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  被告の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、全て被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴請求

主文一項と同旨

二  反訴請求

原告は、被告に対し、一億五〇〇〇万円及びこれに対する平成三年一月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要及び当事者の主張

本件は、原告が、その所有地に被告を所有者とする無効な所有権移転登記が経由されているとして、被告に対し、所有権に基づき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を請求した事案である。なお、原告から右土地を買い受けて所有権移転登記を経由し、これを被告に転売したと主張する補助参加人が被告側に補助参加している。

原告は、鎌倉市腰越一丁目四番五号(登記簿上の地番は同所一丁目三四八番一ほか)において、「恵風園胃腸病院」という名称の病院(以下「恵風園」という)を経営する財団法人であり、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)は、恵風園の敷地の一部で、その位置は別紙第一図面記載のAB地(以下、「A地」、「B地」というように表示する)である。本件土地の現況は急な崖地で、恵風園の敷地としてはほとんど利用されていない場所である。

なお、後記合筆、分筆が行われる前の本件土地周辺の公図は、別紙第二、第三図面のとおりである(甲第五、第八号証)。

一  本訴請求原因

1  本件土地は原告の所有である。

2  本件土地には、原告から補助参加人に対する別紙登記目録一記載の平成二年一〇月三〇日付け所有権移転登記(以下「訴外登記」という)及び補助参加人から被告に対する同目録二記載の平成三年一月三〇日付け所有権移転登記(以下「本件登記」という)が順次経由されている。

3  よって、原告は被告に対し、本件土地について、その所有権に基づき、本件登記の抹消に代え、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が本件土地をもと所有していたことは認める。

2  同2の事実は認める。

三  本訴抗弁

1  原告と補助参加人間の売買契約の成立

(一) 原告と補助参加人間の本件土地についての売買契約(以下「第一売買契約」という)の成立

(1) 第一売買契約に至る経緯

原告は、かねてから本件土地を含む原告所有地を売却する意思を有していた。同地周辺土地の購入を進めていた補助参加人は、昭和六三年六月ころにこれを知り、このころ、原告に対し、その所有地の購入の申込をした。

原告は、右申込に対して、当時の原告代表者中村昭(以下「昭」という)の従兄弟であって近隣に土地を所有している訴外中村宏(以下「宏」という)を交渉の代理人としたうえで、公図混乱地域である原告所有地の整理についての協力を補助参加人に依頼し、整理した土地から順次補助参加人に売却することを約した。

補助参加人代表者山路昌巳(以下「山路」という)は、知人の訴外高田信一郎(以下「高田」という)から紹介を受けた訴外土地家屋調査士高橋茂(以下「高橋」という)を原告に紹介して右整理に協力した。高橋は、原告から合筆、地積訂正を含めた公図の整理と地積の確定を委任され、同年一二月ころ、本件土地の西側の鎌倉市腰越一丁目所在五〇四番一の土地(以下に出てくる土地の所在は全て鎌倉市腰越一丁目所在であるから、以下地番のみで土地を特定する)の整理に着手し、平成元年五月以降は、当時の三四八番一土地を中心とした原告所有地の整理を行った。

そして、補助参加人は、五〇四番一土地の実測がほぼ終了した同月二三日、前記の売却約束に基づき、五〇四番一ほか四筆の土地を代金合計三〇〇〇万円(契約書上は二七〇〇万円であるが三〇〇万円の裏金が交付された)で買い受けた。

(2) 第一売買契約の成立

補助参加人は、昭和六三年九月ころ、原告の代理人である宏との間で、本件土地について、代金を一坪当たり三〇万円とし、代金総額は地積が最終的に確定した時に算出して確定することとし、これを本件土地の測量、分合筆の進捗状況に応じて順次支払って最終的に清算する、測量費用等は補助参加人が立替払して最終的に売買代金と相殺する旨の売買予約契約を締結した。

その後、補助参加人は、平成二年三月一九日までに、原告代理人宏との間で、本件土地について、代金を一億七〇六二万八一八一円と確定し、これに補助参加人が支払済みの前払金合計六一〇〇万円と高橋への費用・報酬等の立替金(これまでに支払った分と今後支払う分の合計)を充当するとの第一売買契約を締結した。

そして、補助参加人は、原告代理人宏に対し、平成三年一月三〇日までに、次のとおり合計一億六五〇〇万円を支払った。

昭和六三年一一月一六日

一〇〇〇万円

同年一二月七日 九〇〇万円

同年同月三一日 五〇〇万円

昭和六四年 一月四日 六〇〇万円

平成元年 一月二三日 九〇〇万円

同年 同月二七日 二〇〇万円

同年 同月三一日 五〇〇万円

同年 二月一日 五〇〇万円

同年 同月一六日 一〇〇〇万円

同年 三月三〇日 七〇〇万円

同年 四月一一日

三〇〇万円

同年 五月一八日

一五〇〇万円

同年 同月三〇日 四〇〇万円

同年 六月二六日 三〇〇〇万円

同年 同月二七日 一五〇〇万円

平成三年一月三〇日 三〇〇〇万円

また、平成三年一月三〇日までに、補助参加人から高橋へ支払われた立替金が合計二〇〇〇万円に達していたので、合計一億八五〇〇万円が支払われたことになり、本件土地の売買代金は全額が支払済みである。

補助参加人は、原告代理人宏が、平成二年一〇月二七日に昭が死亡し、原告の新代表者に中村力が就任した後の平成三年一月三〇日に、右残金三〇〇〇万円の弁済の提供を受けたにもかかわらず、その受領を拒絶したため、同年三月六日、右売買代金の支払として三〇〇〇万円を供託したものである(山路はこれが売買代金でないと供述するが、これは右供託金を取り戻して費消したことを正当化するための言い訳にすぎない)。

仮に、右三〇〇〇万円が売買代金にあたらないとしても、補助参加人は、同人に対する本件土地の所有権移転登記がなされた平成二年一〇月三〇日までに、原告代理人宏に対し右代金の一部として一億五五〇〇万円(高橋への立替金二〇〇〇万円を含む)を支払っているので、本件土地は遅くとも右同日までに補助参加人の所有となった。

(なお、被告は、当初、補助参加人の主張を援用して、①補助参加人が原告に対して本件土地を含む原告所有地の買取を申し込んだのは、昭和六三年一〇月ころである、②本件土地について、昭和六三年一二月ころ、代金一坪当たり四〇万円の売買予約契約を締結し、平成二年三月一九日までに、代金二億二六八〇万円の売買契約を締結した、③平成三年一月三〇日までに、補助参加人の高橋への立替金が合計二〇〇〇万円に達していたので、合計一億八五〇〇万円が支払済みとなったが、残代金四一八〇万円は、原告が補助参加人のために本件土地南側公道からの進入路を確保するまで、保留することとなったと主張していたが、最終準備書面において、①補助参加人が原告に対して本件土地を含む原告所有地の買取を申し込んだのは、昭和六三年六月ころである、②本件土地について、昭和六三年九月ころ、代金一坪当たり三〇万円の売買予約契約を締結し、平成二年三月一九日までに、代金一億七〇六二万八一八一円の売買契約を締結した、③平成三年一月三〇日までに、合計一億八五〇〇万円を支払済みであるから、本件土地の売買代金は全額支払済みであるとの主張に変更した)

(二) 訴外登記の有効性

原告は、本件土地を一筆の土地にしてから、補助参加人に対する所有権移転登記をするとの意向であったところ、平成二年八月二〇日に本件土地は一筆の土地となった。

そこで、高橋及び山路は、同年一〇月二〇日ころ、恵風園事務局長勝又宏(以下「勝又」という)を訪問した。勝又は、宏の電話による指示を受けて、原因欄に「平成弐年七月参壱日売買」、地積欄に「1876.91m2」と記載されていた本件土地の所有権移転登記委任状に原告の押印をしてこれを交付し、右手続を委任した。

そして、補助参加人は、第一売買契約に基づき、平成二年一〇月三〇日、本件土地に訴外登記を経由したものであるから、訴外登記は原告の意思に基づく有効なものである。

(三) 原告の主張に対する反論

(1) 原告は、乙第一ないし三号証、第一〇号証の念証、承諾書が偽造・変造文書であると主張するが、右各文書は真正に成立したものである。

(2) また、原告は、第一売買契約の正式な契約書が作成されていないことから、右契約は成立していないと主張するが、公図の混乱を整理し、地積を確定してから契約書を正式に作成したいとの原告の意向があったこと、山路が宏を信頼して平成二年三月までに売買代金の一部の六一〇〇万円を支払っていたことからすれば、改めて正式な契約書を作成しなかったことは何ら不自然でない。

原告は、領収書が存在しない以上、本件土地の売買代金も交付されていないと主張するが、山路は、信頼していた宏から「全部終わってから一括して渡す」と言われたため、これを求めなかったにすぎず、領収書が存在しないことは何ら不自然ではない。

(3) 原告は、山路が宏に支払った金員のうち一億三〇〇〇万円が本件土地代金とは別個の、解決金等の支払であった旨主張する。

しかし、宏と訴外太陽土地株式会社(以下「太陽土地」という)との訴訟は太陽土地の一審勝訴であったから、二審でも勝訴が予想される太陽土地及びその承継人である補助参加人が、宏に対し五〇〇〇万円もの解決金を支払うはずがない。また、宏は、昭和六三年九月一〇日に、山路に対し五〇四番九土地を道路として使用することを承認しているのであるから、改めて右承認をすることはあり得ないばかりか、国道に通じる道路は公衆用道路として誰もが自由に通行していたものであるうえ、使用・通行の前提としての工事は全く行われていないから、補助参加人が宏に対して八〇〇〇万円の使用・通行料を支払うはずがない。そして、補助参加人が右各金員を支払うとの各念書(甲二〇号証の一、第二一号証)は、補助参加人の社名印や代表者の記名印が使用されず、山路の自署もないものであって、山路が境界承諾書作成のために宏に預けていた実印と印鑑証明書が冒用されて作成された偽造文書である。

仮に、右各念書が、宏の偽造によるものではないとしても、山路の真剣な思慮に基づいて作成されたものであるとは到底いえず、法的効果を付与すべきではないから、単なる例文として、又は信義誠実、公序良俗に反するものとして、無効である。そして、右合計金一億三〇〇〇万円は本件土地の売買代金に充当されるべきである。

(4) 原告は、山路及び高橋が、平成二年八月下旬に、二回にわたって宏を訪問して理由書(甲第一六、第一九号証)等を示し、C地を三四八番二七〇土地に分筆するための委任状を要求した等主張するが、C地の移転登記手続をするための了解は同年三月一九日付念証(丙第一号証。乙第一号証と同じ)で得ているうえ、C地は同年七月六日に既に分筆登記されていたのであるから、山路らがこのような書面を示して委任状を要求するはずがない。右各理由書は宏の要求により作成させられたものであるうえ、高橋に預けていた補助参加人代表者印等を宏に冒用されて作成された偽造文書である。

(5) 原告は、本件土地の分筆及び所有権移転登記委任状が偽造・変造書類である等主張するが、本件土地の分合筆登記が平成二年八月二〇日までに済んでおり、さらに右委任状をその後の同年九月五日に要求するはずがないし、C地の所有権移転登記委任状は同年三月一九日に既に交付されていたのであるから、C地の登記委任状を原告が二重に交付するはずもない。

2  民法九四条二項の類推適用

仮に、訴外登記が無効であるとしても、次に述べるところによれば、原告は、民法九四条二項の類推適用により、訴外登記が無効であることを被告に対抗することができない。

(一) 外観の存在

本件土地には、平成二年一〇月三〇日に、補助参加人の訴外登記が経由されているうえ、念証及び承諾書(乙第一ないし三号証、第一〇号証)には本件土地が原告から補助参加人に売却された旨の表示がある。

(二) 原告の帰責性

宏、昭及び勝又は、山路及び高橋に対し、乙第一ないし三号証、第一〇号証の念証及び承諾書を交付したうえ、本件土地の登記委任状、印鑑証明書、権利証も預けているのであるから、原告には、右外観の作出について仮に故意が存在しないにしても、これに比肩すべき重大な過失がある。

(三) 補助参加人と被告間の訴外登記後の売買契約(以下「第二売買契約」という)

被告は、訴外登記後である平成三年一月三〇日、補助参加人から本件土地を代金四億八二八〇万円で買い受けること、代金支払方法は、①別の土地について支払済みの手付金二億八〇〇〇万円を振り替える、②右同日一億五〇〇〇万円を支払う、③残金五二〇〇万円を本件土地の造成の進行を見ながら支払うことを内容とする第二売買契約を締結した。

(四) 被告の善意無過失

被告は、第二売買契約締結の際、訴外登記が有効であると信じていたうえ、乙第一ないし三号証、第一〇号証を見ていたので訴外登記が有効であると信じたことにつき過失がなかった。

(五) 原告の主張に対する反論

原告は本件土地の登記委任状はC地の所有権移転登記のために、印鑑証明書と権利証は別紙登記経過一覧表(以下「一覧表」という)(10)の合筆登記のためにそれぞれ交付したもので、これが本件土地の所有権移転登記のために山路及び高橋に変造されるとは思わなかったと主張するが、前記のとおりC地の登記委任状は勝又が既に交付していたこと、右委任状には「三四八番弐六九」の地番が記されていたこと、原告は右委任状交付時に本件土地が三四八番二六九土地に、C地が同二七〇番土地に分筆されたことを知っていたことからすれば、原告に通謀に準ずる帰責性があるというべきである。

四  抗弁に対する認否・反論

1  第一売買契約について

(一) 第一売買契約の不成立

(1) 補助参加人は、昭和六三年一〇月ころ、五〇四番一三土地を太陽土地から買い受け、同土地及び付近一帯の土地の地上げ計画を開始した(以下「本件地上げ計画」という)。

そして、山路は、平成元年三月ころ(昭和六三年六月ではない)、原告に対し、原告の窓口である(代理人ではない)宏を通じて、原告所有地の購入の申込をした。

原告は、同年五月二三日、補助参加人に対し、四九六番、四九八番、五〇一番、五〇二番一、五〇四番一の各土地を代金合計二七〇〇万円(三〇〇〇万円ではない)で売却し、同月三〇日、右各土地について補助参加人への所有権移転登記を経由した。

(2) その後の平成元年六月ころ(昭和六三年九月ころではない)、補助参加人は、窓口である宏を通じて、原告に対し、別紙第一図面記載のC地が公図上は原告所有の三四八番一土地に含まれているが、現況その他からすると、先に補助参加人が買い受けた五〇四番一土地に含まれるはずであるから、C地を三四八番一土地から分筆したうえで無償で所有権移転登記手続をしてほしい、また、A地を売却してほしいと要求した。

昭は、C地については、いずれ三四八番一土地から分筆したうえで無償で真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることを承諾した。また、A地については、病院の敷地はだいたい三四八番一土地と七三八番六土地が中心であるが、敷地内の土地は細かく筆が分かれており、国有地と思われる土地も混ざっているので、それらをまず三四八番一土地に合筆し、地積を訂正して整理すること、及びA地の進入路として病院の正面出口を共用するようなことはできないので、西側崖を崩して補助参加人自身の進入路を作ること等を条件に、売却することを内諾した。

しかしながら、A地に関する右売買契約の締結時期、売買代金等については、右整理後に定めるとして何も定められなかったから、第一売買契約は成立していないし、その売買代金も受取っていない。

その後の平成二年四、五月ころ、山路は、窓口である宏を通じて、原告に対し、A地に加えてB地を買い取りたいと申し出たため、原告はとりあえずB地について測量をすることのみを認めた。

(3) 原告がA、B地を補助参加人に売り渡し所有権移転登記をする旨記載された乙第一ないし三号証の念証、及び原告がA、B地の売主として補助参加人に対し、同土地の宅地造成に協力する旨記載された乙第一〇号証の承諾書は全て偽造・変造文書である。乙第一号証は、平成二年三月一九日ころ、山路が持参したものに記名押印したものであるが、山路及び高橋により、日付部分を一旦消されたうえ、「なお」以降をタイプライターで打ち変えられた変造文書である。乙第二号証は原告の偽造印章が用いられた偽造文書である。乙第三号証は、高橋が土地境界同意書と偽って原告に記名押印を求めた書面であり、原告の記名押印時には、表題、各境界隣接者、横線の仕切等は全て鉛筆書きであった変造文書である。乙第一〇号証も、乙第三号証と同様の方法で作成されたものである。

(4) 五〇四番一ほか四筆の土地の前記売買においては、原告と補助参加人との間で正式な売買契約書及び売買代金の領収書が作成されたにもかかわらず、第一売買契約については正式な売買契約書及び領収書は何ら作成されていない。したがって、第一売買契約は成立していない。

(5) 補助参加人が売買代金として支払ったと主張する金員のうち、一億三〇〇〇万円については、宏が山路から受領したものであるが、原告は右の事実を全く知らなかった。

なお、原告が宏から事後に事情聴取したところによると、右金員のうち、五〇〇〇万円は、補助参加人が、宏と太陽土地との五〇四番一三土地の私有地通路使用権をめぐる訴訟を和解により早期に解決させて地上げをスムーズに実行するために、昭和六三年八月二〇日に宏に対して支払を約した解決金であり(甲第二〇号証の一)、また、残りの八〇〇〇万円も、補助参加人が、地上げに伴う工事のために、平成元年三月一五日に宏に支払を約した国道(南側海岸道路)に通じる同人所有地の使用・通行料である(甲第二一号証)とのことであり、いずれにしてもそれらは本件土地の第一売買契約についての原告に対する売買代金ではない。

ちなみに、宏の説明によれば、補助参加人は、宏に対して右金員を次のとおり支払ったが、補助参加人が領収書はいらないと言うのでこれを発行しなかったとのことである。

昭和六三年一一月二四日

一〇〇〇万円

同年一二月七日 九〇〇万円

同年同月三一日 五〇〇万円

昭和六四年一月四日 五〇〇万円

平成元年一月二三日 九〇〇万円

同年同月二七日 二〇〇万円

同年同月三一日 五〇〇万円

同年二月一日 五〇〇万円

(以上五〇〇〇万円が、甲第二〇号証の一の念書の分)

同年三月三〇日 七〇〇万円

同年四月一一日 三〇〇万円

同年五月一二日 五〇〇〇万円

同年同月一八日 一五〇〇万円

同年同月二四日 三〇〇万円

同年同月三〇日 二〇〇万円

(以上八〇〇〇万円が、甲第二一号証の念書の分)

(二) 訴外登記の無効性

山路から原告所有地の整理を委任された高橋は、平成元年一〇月ころからこれに着手した。勝又は、平成二年三月ころ、宏の指示により、高橋から求められた合筆のための各登記委任状を同人に交付した。そして、一覧表(1)ないし(4)の有効な合筆登記がなされた。

しかし、一覧表(5)ないし(9)の登記は全て偽造・変造委任状によってなされた無効な登記である。すなわち、右(5)ないし(7)の登記は、三文判を用いられて作成された偽造委任状によって経由された無効な分筆登記である。そして、右(6)の分筆によりできた三四八番二七〇土地(C地)については、平成二年三月ころに念証(乙第一号証。丙第一号証と同じ)を交付した際に勝又が交付した登記委任状を変造され、同年七月六日に原告に無断で補助参加人への所有権移転登記がなされた。

さらに、右(8)(9)の登記は、原告が同表(10)の合筆登記を委任するために作成交付した委任状が偽造されてなされた無効な登記である。右(8)の合筆によって、原告の知らない間に、本件土地(AB地)が一筆の土地(三四八番二六九土地)となり、権利証が作成された。この権利証は、法務局から高橋に交付され、同人はこれを原告に渡すことなく、直接山路に交付したため、原告はその存在を全く知らなかった。

山路及び高橋は、平成二年八月二〇日過ぎころ、既に右(5)ないし(8)の分合筆登記及びC地の所有権移転登記を勝手にしてしまっているにもかかわらず、本件土地(三四八番二六九土地)についての補助参加人に対する所有権移転登記を経由するための変造用の登記委任状を得ようと、宏を訪問して理由書(甲第一六号証)等を示し、C地を三四八番二七〇土地に分筆するためと称して、原告の新たな登記委任状の交付を要求した。宏は、まだ全ての合筆が終わっていないこと、C地は三四八番二六九土地になるとのことであったのに理由書には「三四八番二七〇」と記されていたことから、これを拒絶し、右理由書等を預かった。

山路及び高橋は、同月下旬、右変造用の登記委任状を得るため、再び宏を訪問して理由書(甲第一九号証)を示し、C地を「三四八番二六九」土地に分筆するためと称して、再び原告の新たな登記委任状の交付を要求した。宏は、全ての合筆が直ちにできるとの高橋の説明を受けたこと、C地が三四八番二六九土地とされていたことから、これを勝又及び昭に取り次いだ。

そして、勝又は、同年九月五日、C地の所有権移転登記手続のための委任状を、前記のとおり同年三月ころに既に交付していたにもかかわらず、これを失念していたため、高橋に対して、C地の所有権移転登記手続のためとの認識で、地番が「三四八番弐六九番」、原因欄が「真正な登記名義の回復」、地積欄が「199.88m2」と記載されている委任状に押印してこれを交付してしまった。

しかし、山路及び高橋は、右委任状の原因欄を「平成弐年七月参壱日売買」と、地積欄を「1876.91m2」と改ざんして、これをAB地(本件土地。現在の三四八番二六九土地)の登記委任状に変造した。

そして、補助参加人は、右変造にかかる委任状を使用して、訴外登記をしたものであるから、右登記は、原告の意思に基づかない無効な登記である。

2  民法九四条二項の類推適用について

(一) 外観の存在について

訴外登記が存在することは認めるが、乙第一ないし三号証、第一〇号証は、前記のとおり全て偽造・変造されたものであり、右のような偽造文書が出回っていたことをもって、原告が責任を問われるいわれはない。

(二) 帰責性について

訴外登記は、山路らによって変造された登記委任状と、原告が知らない間に作出された権利証によって経由されたものであり、乙第一ないし三号証、第一〇号証も右のとおり全て偽造・変造されたものである。また、勝又は、C地の所有権移転登記手続のための登記委任状を既に交付していたにもかかわらず、これに気付かないまま高橋に二重に同様の委任状を交付してしまったものであるが、土地家屋調査士という公的な資格を有する高橋が、登記委任状や、乙第一ないし三号証、第一〇号証のような書類を偽造・変造することなど、到底予測できなかった。したがって、原告に通謀ないし通謀とみなされるような帰責性は存しない。

(三) 被告の善意無過失について

否認ないし争う。

五  反訴請求原因(本訴抗弁が認められない場合の予備的反訴)

1  仮に本訴抗弁が認められず、本訴請求が認容される場合には、被告は、第二売買契約を締結させた補助参加人に対し、売買代金名下に金員を詐取した詐欺による不法行為を理由とする損害賠償請求権を有するところ、原告には、前記三2(二)及び(五)記載の帰責性があるから、原告は故意又は重大な過失により補助参加人の右詐欺行為に加担したものというべきである。

2  よって、被告は原告に対し、民法七一九条に基づき、右詐欺によって被った損害金四億八二八〇万円(前記売買代金相当額)のうち、少なくとも平成三年一〇月三〇日に支払った一億五〇〇〇万円、及びこれに対する右支払日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求原因に対する認否

反訴請求原因は否認ないし争う。

勝又が前記のとおりC地に関する登記委任状を二重に交付したことは一つの不注意であるには違いないが、これが変造されて本件土地の登記委任状に流用されることなど全く想像すらできないことであって、原告には過失に該当するような不注意はなく、仮に、被告に損害が発生しているとしても、右の不注意と損害との間に因果関係はない。

第三  当裁判所の判断

一  本訴について

本訴請求原因1のうち、本件土地がもと原告の所有であったこと及び同2の事実(訴外登記及び本件登記の存在)は、いずれも当事者間に争いがないので、被告の抗弁につき判断する。

1  第一売買契約の成否及び訴外登記の有効性について

(一) 原告は、第一売買契約の成立を証するため被告が提出した乙第一号証(丙第一号証と同じ)についてその成立を認めるものの、「なお書き」部分については変造されたものであること、第二号証については原告の偽造印章が用いられた偽造文書であること、第三号証の記名押印部分が真正のものであったとしても、前記のとおり表題等が鉛筆書であった変造文書であること、第七号証(甲第三号証の四、五の被写体)の登記原因、日付、地番、地積の各欄が原告の意思に反して変造されたものであること、第一〇号証(丙第二一号証と同じ)及び第一七号証の記名押印部分が真正なものであることは認めるが、その余は偽造されたものであること、第三一号証の一の二については原告の偽造印章が用いられた偽造文書であることをそれぞれ主張し、被告は右各書証が真正に成立したと主張するので、以下、右各書証の成立の真否について判断するに、当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一ないし五、第四ないし九号証、第一〇、第一一号証の各一ないし三、第一二号証の一ないし五、第一三号証の一ないし三、第一四号証の一ないし四、第一五号証の一ないし五、第一七、第一八号証、第二〇号証の二、第二二、第二八号証、第三〇ないし三二号証、第三六ないし四一号証、第四三、第四四号証、第四五号証の一、二、第四七ないし五三号証、証人高橋茂及び同中村宏(第一、二回)の各証言と、これらにより真正に成立したものと認められる甲第一六、第一九号証、右証人中村宏の証言により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証の一、第二一号証、原告が偽造文書として提出する甲第三三ないし三五号証及び第四二号証、乙第五、第六、第八、第九、第一一、第一四号証、第一八ないし二一号証、第二二号証の一、二、第二三ないし二八号証、丙第二ないし四号証、第七号証の一、二、第二三ないし二七号証、第三四、第三五号証の各一、二、証人勝又宏、同秦祖介、同山路昌巳(補助参加人代表者)の各証言)によれば、次の事実を認めることができ、丙第三四、第三五号証の各一、二、証人高橋茂、同秦祖介及び同山路昌巳の各証言中、これに反する部分は信用できず、丙第八ないし一〇号証の各一、二、第一三ないし一五号証、第二一号証も右認定を左右しない。

(1) 補助参加人は不動産の売買、仲介及び管理等を目的とする株式会社であるが、昭和六三年九月、五〇四番一三土地を太陽土地から買い受け(買受名義は訴外株式会社全遊機)、本件地上げ計画を開始した(甲第四号証、丙第二六号証)。

山路は、本件地上げ計画の一環として、そのころ、恵風園事務局長勝又に対し、原告所有地の購入を申し込んだところ、勝又から当時の原告理事長昭(平成二年一〇月二七日死亡)の従兄弟で、右土地付近に居住する宏を原告の窓口として紹介された。宏は、原告所有地が公図混乱地域であったため、補助参加人の費用によってこの整理を行うことを条件に売買交渉に入った。

山路は、知人である高田から紹介された土地家屋調査士高橋に原告所有地の整理を委任し、同人は平成元年一〇月ころからこれに着手した。

山路は、平成元年二月二〇日、宏宅において、勝又に対し、四九六番、四九八番、五〇一番、五〇二番一、五〇四番一の各土地代金合計二七〇〇万円を小切手で、また代金以外の三〇〇万円を現金で支払い、二七〇〇万円については勝又から同日付預り証(乙第一九号証)を受け取り、右各土地の売買契約を締結した(乙第一八号証)。さらに、原告は、同年五月二三日、補助参加人との間で、右各土地の正式な売買契約書を作成し(甲第六号証。丙第七号証の一と同じ)、右預り証を領収書(甲第二二号証。丙第七号証の二と同じ)に差し替えた。そして、同月三〇日、右各土地について補助参加人への所有権移転登記を経由した(甲第七号証)。

(2) 山路は、平成元年六月ころ、原告の窓口である宏を通じて、原告に対し、C地は公図上は原告所有の三四八番一土地に含まれているが、現況その他からすると先に補助参加人が買い受けた五〇四番一土地に含まれるはずであるから、C地を三四八番一土地から分筆したうえで無償で所有権移転登記手続をしてほしい、また、さらにA地を売却してほしい旨要求した。

昭は、C地については、いずれ三四八番一土地から分筆したうえで無償で真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることを承諾した。また、A地については、A地周辺も公図混乱地域であったため、補助参加人の費用によって合筆、地積訂正、境界線の確定等の整理を行うこと、及びA地の進入路として病院の正面出口を共有するようなことはできないので、西側崖を崩して補助参加人自身の進入路を作ること、五〇四番一二土地について防災工事をすること等を条件に売却することを内諾した。但し、右売買契約の締結時期、売買代金等については、山路から坪三〇万ないし四〇万円という話が出ていたのみであり、右整理後にこれを定めるとして結局定められなかった。

(3) 勝又は、平成二年三月ころ、高橋から求められた土地整理(合筆)のための複数の登記委任状を同人に交付し、これにより、一覧表(1)ないし(4)のとおりの有効な合筆登記がなされた。

この際、高橋は、勝又に、地番・地積欄が空白なままの登記委任状を示し、右委任状はC地の所有権移転登記のための登記委任状である、正式な地番・地積が決まった段階で各欄を補充すると説明して、これに原告印を押捺させた。なお、宏は、高橋から右委任状交付についての承諾を求められなかったため、これを知らなかった。

(4) そして、勝又は、平成二年三月ころ、高橋の求めにより、三四八番一土地のうち195.36平方メートルの部分を真正な登記名義の回復により補助参加人に所有権移転登記をする旨の平成二年三月一九日付原告名義の念証(乙第一号証。丙第一号証と同じ)の「なお書き」部分以外の部分を作成し、高橋に交付した。

(5) 他方、山路は、前記のとおり四九六番ほか四筆の土地を原告から購入した後、かねてよりA地も買収したいと考えていたものであり、平成二年四、五月ころには、窓口である宏を通じて、原告に対し、A地に加えてB地を買い取りたいと申し出たが、原告からはとりあえずB地を測量することの承諾は得たものの、A地及びB地を売却することの承諾を容易に得られず、しかも右四九六番ほか四筆の土地の前記売買代金のほか、右当時までに、原告の主張四1(一)(5)記載のとおり、宏に対して合計一億三〇〇〇万円もの大金を支払っており、その他多額の測量費等の経費を支出していたことから、右(3)(4)のとおり、原告からC地の所有権移転登記のための委任状及び念証を得ていることを奇貨として、これらを利用し、あたかも補助参加人が原告からA地及びB地の所有権移転登記を得たかのような外観を作出しようと企図し、原告作成名義の右各書面を偽造・変造することを画策した。

(6) そこで、山路は、高橋に対し、A地及びB地(本件土地)についても原告がこれを売ることは承諾してもらっており、代金も支払済みであるが、これを転売するための条件として宏の自宅横の崖地の防災工事をしていないこと等の事情で登記ができないだけであるから、登記手続のための書類を作成してほしいなどと申し向け、原告作成名義の右各書類を偽造・変造するよう指示した。

(7) 山路の右指示を受けた高橋は、一旦は躊躇したものの、山路の言を信じ、原告と補助参加人との間に、既に本件土地の代金も支払われ売買が成立しているものと思い、山路の右指示に従って右各文書の偽造・変造を手助けすることにした。

そこで、高橋は、前記念証(乙第一号証)の日付部分を一旦消したうえ、「なお書き」部分(「なお三四八番一より分筆後新番地となる売渡部分を実測し地積を決定代金引換と同時に貴社名儀に所有権移転することを確約します。」)をタイプライターで書き加えて変造した。

また、高橋は、山路の指示により、原告が補助参加人に対し、本件土地とC地に建物を建設することを承諾する旨の承諾書(乙第二号証)及び本件土地を含む原告所有地を整理後に補助参加人に売却することを約する旨の承諾書(乙第三一号証の一の二)を原告名の偽造印章を使用して偽造した。

さらに、高橋は、山路の指示により、表題、各境界隣接者、横線の仕切等が全て鉛筆書であった書面を、土地境界同意書であると偽って、原告に記名押印させたうえ、この書面を使用して原告が補助参加人に対し、本件土地の宅地造成に協力することを承諾する旨の承諾書(乙第三号証)及びこれとほぼ同趣旨の承諾書(乙第一〇号証。丙第二一号証と同じ)の手書き部分を作成し、変造した。

(8) 次いで、高橋は、平成二年六月以降、山路の指示により、昭の三文判を用いて偽造した登記委任状により、原告に無断で一覧表(5)ないし(7)の分筆登記手続をした(甲第一〇、第一一、第一三号証の各一ないし三)。

そして、高橋は、山路の指示により、右(6)の分筆によりできた三四八番二七〇土地(C地)について、平成二年三月ころに高橋が勝又に交付させていた前記(3)の登記委任状の空欄を補充し、同年七月六日、原告に無断で補助参加人への所有権移転登記手続をした(甲第九号証、第一二号証の一ないし五)。

さらに、高橋は、原告が一覧表(10)の登記(結局なされなかった)を委任するために勝又が作成交付していた一通の登記委任状を山路の指示により変造し、また右登記のために宏が同年七月四日に高橋に交付していた三四八番一土地の権利証(甲第五二号証)を使用して、同表(8)の合筆登記手続をし(甲第一四号証の一ないし四)、右の経過を経て、本件土地(AB地)は、原告の知らない間に一筆の土地(三四八番二六九土地)となった。

高橋は、右(8)の合筆によって作成された本件土地の権利証を、原告ではなく山路に交付したため、原告は右(5)ないし(8)の分合筆登記及びC地の所有権移転登記、並びに本件土地の権利証の存在をそれぞれ知らなかった。

(9) その後高橋は、平成二年八月二〇日ころ、山路から「原告はC地について所有権移転登記をしたことは知らないだろうから、もう一度右移転登記手続のための委任状をもらってきてくれ」と言われ、勝又にC地の所有権移転登記委任状名目で登記委任状を交付させたうえで、これを本件土地の所有権移転登記手続のための委任状に変造することを指示された。

高橋は、さすがにこれに反対したものの、山路から「本件土地の代金は既に支払っている。転売で儲けが出れば三、四〇〇〇万円の報酬を支払う」と言われたので、結局右指示に従うこととした。

(10) そこで、山路及び高橋は、既に一覧表(5)ないし(8)の分合筆登記を経由し、かつ前記(3)の登記委任状を勝手に補充してC地(三四八番二七〇土地)の所有権移転登記を経由してしまっていることから、あらためて本件土地(三四八番二六九土地)について補助参加人に対する所有権移転登記を経由するための新たな登記委任状を得ようと画策し、同年八月二〇日過ぎころ、宏方を訪問して理由書(甲第一六号証。C地を三四八番二七〇土地として補助参加人に対する所有権移転登記をするため、原告に右の登記委任状に調印してほしい旨要請するもの)、登記申請書(甲第一七号証)及び登記委任状(甲第一八号証)を示し、真実は本件土地の登記委任状を得るための画策であることを秘し、C地を三四八番二七〇土地に分筆するためと称して、勝又に原告作成の登記委任状を交付することを取り次ぐよう求めた。

ところが、宏は、山路らが前記の分合筆を勝手に済ませていることを知らず、また、C地は三四八番二六九土地になると聞かされていたことから、未だ右の合筆が終わっていないし、右理由書には三四八番二七〇土地と表示されていたことを指摘して、これではおかしいじゃないかと述べて、右理由書等を預かっただけで、山路らの右要求を拒絶した。

(11) そこで、山路及び高橋は、同月下旬、再び宏方を訪問し、理由書(甲第一九号証。C地を三四八番二六九土地として補助参加人に対する所有権移転登記をするため、原告に右の登記委任状に調印してほしい旨要請するもの)を示し、前同様の真実の意図を秘し、C地を三四八番二六九土地に分筆するためと称して、再び勝又に原告の新たな登記委任状を交付することを取り次ぐよう求めた。

宏は、右の際に高橋から全ての合筆が直ちにできる等の説明を受け、C地が三四八番二六九土地と表示されており、また、勝又が前記(3)のとおり既にC地の移転登記委任状を交付していたことを知らなかったことから、山路らの右要望に応ずることとし、勝又及び昭にこれを取り次いだ。

なお、高橋と山路間においては、高橋が、勝又から右委任状の交付を受けてくることになり、勝又が以前に同じ委任状を交付していることに気付いた場合には、前の委任状は紛失したと説明することまで打ち合わせていた。

(12) 右の手はずどおり、高橋は、同年九月五日、勝又を訪問して、C地の所有権移転登記委任状名目での登記委任状の交付を要求した。勝又は、宏から、委任状に押印してほしいとの電話もあり、右各理由書も見せられていたことから、C地の所有権移転登記手続のための委任状を前記(3)のとおり同年三月ころ既に交付していたことを失念したまま、どの土地についての委任状かを厳密に確認しないで、高橋に対し、C地の所有権移転登記手続のために交付するとの認識のもとに、地番が「三四八番弐六九」、原因欄が「真正な登記名義の回復」、地積欄が「199.88m2」と記載されていた登記委任状(乙第七号証の変造前のもの)に押印して交付した。

そして、高橋は、恵風園の駐車場で待っていた山路にこれを渡した。

(13) その後、高橋は、法務局に一覧表(8)の合筆登記の委任状の謄本を提出して、この原本を還付させ、山路の指示により再度これを変造して、右(9)の合筆登記手続をした(甲第一五号証の一ないし五)。そして、高橋は、右(9)の合筆によって作成された権利証を宏に交付した。

(14) 山路は、同年一〇月二〇日ころ、高橋を訪問し、前記(12)の委任状の改ざんを求めた。高橋は、山路から「後で問題になることはない。三、四〇〇〇万円の報酬を支払う」と言われたため、山路の指示に基いて、備付けのタイプライターを用いて、右委任状の原因欄を「平成弐年 月 日売買」と、地積欄を「壱八七六、九壱m2」と各冒書して改ざんし、同月三〇日ころ、山路の指示に基づき、右原因欄に「平成弐年七月参壱日売買」と手書きして補充し、本件土地(現在の三四八番二六九土地)の所有権移転登記のための登記委任状(乙第七号証)に変造した。

(15) 高橋は、平成五年三月二三日、右(14)の登記委任状の偽造、行使及び不実の登記の作出につき有印私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載、同行使により、懲役一年六月、執行猶予三年の判決(確定)を受け(甲第四六号証)、これにより土地家屋調査士の業務停止・登録抹消の処分を受けた。

山路は、平成八年三月二八日、右と同じ罪により、懲役三年、執行猶予四年の判決(未確定)を受けた。

(二) 以上の認定事実に照らせば、乙第一号証の「なお書き」部分、第二号証の全体、第三号証の記名押印以外の部分、第七号証の登記原因、日付、地番、地積の各欄、第一〇号証の手書き部分、第三一号証の一の二の全体は、いずれも前認定のとおりの偽造又は変造文書であって、それらが真正に成立したものと認めることはできない。

これに対し、丙第一一、第一二、第一八、第二二号証中の高橋作成の確認書部分及び証人山路の証言中には、右乙号各証が真正に成立したものである旨の記載及び証言部分があるが、前記証人高橋は、資格のある自己が刑事訴追され有罪判決を受けるおそれがあることを覚悟して前記各書類を偽造又は変造したことを認める証言をしており、右の証言は信憑性が高いものと認められるから、これと相反する証人山路の証言部分は信用することができず、また本件が問題となった後に記載されたものと認められる右丙号各証中の高橋の右確認書部分も信用することができない。

したがって、右乙号各証によって被告主張の第一売買契約が成立したことを認めることはできないうえ、原告と補助参加人間に本件土地について正式の売買契約書が作成された形跡もなく、被告主張の売買代金支払に関する領収書も作成された形跡がないことにも照らすと、右両者間に第一売買契約が成立したものとは認められず、ほかには右の事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) 右の点に関する被告の主張及び被告ら提出の証拠につき検討する。

(1) まず、被告は、第一売買契約の申込時期、坪単価、成立時期、代金額及びその支払時期等について、前記のとおり最終準備書面において大幅な主張の変更をしたものであるが、山路も刑事事件の取調当初では被告の当初の主張に沿う供述をし(甲第五一号証)、供託原因事実にもそのように記載していたことに鑑みると(丙第三号証)、被告の右変更後の主張は、補助参加人が本件土地の売買代金の一部を最初に支払ったと主張する昭和六三年一一月一六日(一〇〇〇万円)の後に、その売買(予約)契約が成立したとの矛盾を回避すると共に、本件土地の一坪当たりの売買代金を三〇万円に縮小させて既に代金全額を支払済みであることにするために、作為的に変更された疑いが強く、かかる右変更後の被告の主張に沿う証人山路の証言も信用し難いから、被告の右変更後の主張は採用することができない。

(2) 次に、被告は、第一売買契約の正式な売買契約書及び領収書が作成されなかったことが不自然ではない旨主張するが、前認定のとおり五〇四番一ほかの売買においては、正式な売買契約書及び領収書が作成されていたことに照らせば、不動産業者である補助参加人が第一売買契約について右各書面を作成しなかったことはやはり不自然であり、被告の右主張に沿う証人山路の証言も信用することができず、また、丙第五、第二八、第二九号証もそれらが直ちに第一売買契約の代金支払の事実を証するものとはいえない。

なお、丙第三号証によれば、補助参加人は、平成三年一月三〇日に宏に受領を拒絶された三〇〇〇万円を、同年三月六日、供託原因を本件土地の売買代金として供託していることが認められるが、証人山路は、これは第一売買代金残金ではなく宏所有地の防災工事代金の一部であり、既に取り戻して費消してしまった旨明確に証言しているから、丙第三号証の右記載から、右供託が売買代金の支払として行われたとの事実を認めることもできない。

(3) さらに、被告は、山路が宏に対し、支払った少なくとも合計一億三〇〇〇万円を超える金員に関する原告の前記主張が根拠のないこと、並びに補助参加人が宏に解決金を支払う旨の各念書(甲第二〇号証の一、第二一号証)は、偽造文書であることから、右金員は本件土地の売買代金として支払われたものであると主張し、丙第一六、第二〇、第三五号証の二、第三七号証及び証人山路の証言中には、これに沿う記載・証言部分がある。

しかし、刑事事件における高田信一郎の供述調書(甲第五〇号証)及び同人の証人調書(丙第三五号証の一)には、高田が「山路が、昭和六三年七月ころ、宏から太陽土地との裁判の和解料として五〇〇〇万円を要求されていると言っていた。山路に、トージツの手形を割って作った金を渡したとき、これは宏に和解の件で渡さなければならないと言っていた」旨明確に供述・証言している記載があること、五〇〇〇万円の念書についてはその作成日(昭和六三年八月二〇日)とほぼ同時期(同月二七日)交付の山路の印鑑証明書が添付されていること(甲第二〇号証の二)、念書作成日の直後(同年一〇月三日)に宏と太陽土地の和解が成立していること(丙第二号証)、訴訟において最終的に勝訴が確実であっても、和解により早期に解決を図る利益があること、少なくとも被告が五〇〇〇万円の念書が偽造されたと主張する時期(昭和六三年)には、山路と原告の間で何らの取引関係が生じていないことからすれば、宏が右念書を偽造するとは考えにくいこと、証人中村宏の証言(第二回)によれば、宏が山路に交付したとする昭和六三年九月一〇日付土地使用承諾書(丙第三七号証)の「なを道路として使用可、土地収得者の隣接地が私名儀に変更後も上記に準ずる」との部分は、山路が偽造したものであると認められること、証人高橋の証言によれば、丙第一六、第二〇号証中の「五〇四番九等が公衆用道路として使用されている」旨の高橋作成の確認文言は山路の指示により書かされたにすぎないと認められること、証人中村宏の証言(第一回)によれば、宏が補助参加人に交付したとする道路使用に関する確約書(甲第二八号証)は、山路が偽造したものであると認められること等からすれば、被告の主張に沿う前記記載・証言部分はいずれも信用することはできず、他に山路が宏に支払った前記金員が本件土地の売買代金として支払われたとの事実を認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は失当である。

なお、被告は、右各念書が、宏の偽造によるものではないとしても、山路の真剣な思慮に基づいて作成されたものであるとは到底いえず、法的効果を付与すべきではないから、単なる例文として、又は信義誠実、公序良俗に反するものとして、無効であり、右合計金一億三〇〇〇万円は本件土地の売買代金に充当されるべきであると主張する。しかし、右主張はそもそも意味不明であるばかりか、前記認定によれば、右各念書が例文であるとの事実は認められず、信義誠実、公序良俗に反するものとも認められないうえ、右金員が充当されるべきとする第一売買契約が成立したとは認められないことも前記判断のとおりであるから、被告の右主張は前提を欠き失当である。

(四)  以上によれば、第一売買契約が成立したとの被告の主張事実を認めることはできず、したがって訴外登記はその原因を欠く無効な登記というべきであるから、被告の右抗弁は理由がない。

2  九四条二項の類推適用について

(一) 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙第一二、第一三、第一五、第一六、第二一号証、第二二号証の一、二、第二三ないし三〇号証、第三一号証の一の一、同号証の一の三ないし五、第三二号証の一、二、同号証の三の一、二、同号証の四ないし七、第三三号証、第三四、第三五号証の各一、二、第三六号証、丙第三八号証、証人勝又宏、同秦祖介、同山路昌巳の各証言、被告代表者本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。

(1) 本件地上げ計画には、訴外株式会社プログレス、同三建工事、同トージツ(以下「トージツ」という)、同マリナックス、同日康、補助参加人、被告らが参加し、別紙売却経過表及び別紙第四図面記載のとおりの土地売買がなされた。

被告は、産業用及び家庭用電子部品の販売及び輸出入等を目的とする株式会社であり、従来不動産取引の経験がなかったものであるが、平成元年四月中旬ころトージツの代表者秦祖介(以下「秦」という)から東京都世田谷区の物件を買い取って不動産業に手を染めるようになり、同年六月ころ、秦から本件地上げ計画に誘われ、同年夏ころ、右計画対象地のうちの別紙第四図面記載のC、C'、D地の現地を確認して、これに参加した。被告は、右マリナックスから資金の融資を受けてこれをトージツに融資し、同社はこれを補助参加人に融資していた。

(2) 被告は、平成三年一月三〇日、補助参加人との間で、本件土地について次の約定で、第二売買契約(別紙売却経過表⑩)を締結した(乙第一二号証)。

代金 四億八二八〇万円

支払方法 ① 別紙第四図面のD、Eの土地について支払済みの手付金二億八〇〇〇万円を右の代金に振り替える

② 右同日一億五〇〇〇万円を支払う

③ 残金五二八〇万円を本件土地の造成の進行を見ながら支払う

そして、被告は、右同日、右②の一億五〇〇〇万円を支払って(乙第一三号証)、本件登記を経由した。

(3) しかし、被告代表者岡田和実(以下「岡田」という)は、仲介者である秦を信頼し、また、平成二年一一月ころまでに原告が補助参加人に本件土地を売却したことを示す原告名義の前記念証等の写し(乙第一ないし三号証、第一〇号証)を渡され、本件土地につき補助参加人への訴外登記が既に経由されていることを確認したため、第二売買契約に際して、本件土地(AB地)の具体的な現地見分をせず、売主たる補助参加人代表者山路にも、平成元年夏すぎに一回会って一言二言話をしたことがあるだけで、同人に直接会って所有権移転の事実を確認することもしなかった。

(4) 前記村田司法書士は、訴外登記をした際、原告に登記意思の確認をしなかったため、原告は訴外登記がなされたことを知らなかった。

そして、勝又は、平成三年一月三〇日、日東商事の白石某と名乗るものから、電話で本件土地を売却したのかとの問い合わせを受け、同年二月に登記簿を確認して初めて本件土地に訴外登記及び本件登記が経由されていることを知った。

以上のとおり認められ、他に反証はない。

(二)  被告は、平成二年一〇月三〇日に訴外登記が経由されているうえ、念証等(乙第一ないし三号証、第一〇号証)に本件土地が補助参加人に売却された旨の表示があること、宏及び勝又は、山路及び高橋に対し、右念証等を交付したうえ、本件土地の登記委任状、印鑑証明書、権利証も預けていること、被告は、第二売買契約締結の際、訴外登記が無効であることを知らなかったうえ、右念証等を見ていたので訴外登記が無効であることにつき無過失であったとして、民法九四条二項の類推適用を主張するところ、右認定事実によれば、被告は訴外登記が有効であると信じて第二売買契約を締結したものであることが認められ、また、他方において前記1(一)に認定のとおり、勝又は、C地の所有権移転登記手続のための登記委任状を既に交付していたにもかかわらず、その後高橋らからの要請により、どの土地についての委任状であるかを厳密に確認しないまま、高橋に二重に登記委任状を交付してしまったものであり、右の点において同人に落ち度があったことは否定できない。

しかしながら、九四条二項の類推適用を認めるためには、一方において、虚偽の外形を作出したことにつき当該権利者と相手方との間に通謀があったと認められるのと同視しうるか、又はこれに準じる帰責性が認められなければならず、他方において、右外形を信じた者において、右外形が有効なものであると信じたことにつき過失がなかったことが証明される必要があると解されるところ、まず、権利者たる原告側の事情につきこれをみるに、前記1(一)の認定事実によれば、訴外登記は高橋と山路に変造された登記委任状と、原告が知らない間に作出されるに至った本件土地の権利証によって経由されたものであるうえ、右念証等(乙第一ないし三号証、第一〇号証)も全て高橋と山路に偽造・変造されたものであって、土地家屋調査士の公的資格性とその社会的地位に鑑みれば、勝又において、土地家屋調査士である高橋が登記委任状や右念証等を偽造・変造することまでを予測して行動すべきであると要求することは酷といわざるを得ない。また、前認定のとおり、当時は、高橋による土地の分合筆登記が頻繁に行われており、分筆登記は昭の三文判により原告が知らない間に密かに行われていたこと、山路又は高橋が、勝又に対してC地についての所有権移転登記を完了した事実を報告した形跡も認められず、補助参加人と原告の土地取引においては、勝又や昭ではなく宏が原告側の窓口として具体的な交渉にあたっていたこと、勝又が前記の登記委任状を交付するに際しては、虚偽の理由を記した前記理由書(甲第一六、第一九号証)を見せられていたものであること等の事情をも併せ考慮すると、勝又及び昭が登記の具体的内容や経過について錯誤に陥ったのもやむを得ないところであって、前記のとおり勝又が二重に登記委任状を交付したことをもって、原告に補助参加人との通謀に準じる帰責性があるとまで認めることはできない。そして、前記2(一)(4)に認定のとおり、原告が訴外登記の存在を知ったのは、被告が本件土地につき本件登記を経由した平成三年一月三〇日であり、それ以前に訴外登記の存在を知ってこれを放置したことを認めるに足りる証拠はないから、結局、原告には、右のごとき通謀に準じる帰責性があったと認めることはできない。

次に、外形を信じた被告側の事情についてみるに、前記2(一)の認定事実によれば、被告代表者岡田は、本件地上げ計画に参加するに際し、地上げ対象地の一部を一回概括的に現地見分したものの、第二売買契約締結に際しては本件土地の現地見分をせず、売主たる補助参加人代表者山路にも会わなかったものであるから(この点、岡田はその本人尋問において、秦が言を左右して山路に会わせなかったと供述するが、証人秦は、そのような事実がないと明確に証言しており、右証言に照らすと、右岡田の供述を採用することはできない)、被告が元来不動産業者でなかったことを勘案しても、不動産売買において当然なすべき確認をしていなかったといわざるを得ないうえ、岡田が見せられたという第一売買契約成立を証する念証(乙第一号証。丙第一号証と同じ)の前記「なお書き」部分は、タイプライターの印字が「なお」前後で著しく異なっており、一見して真正に成立したか否かを疑って然るべき文書であること、また、本件土地は恵風園の建物に著しく近接した土地であり、これを真実売却したかどうか一応前主たる原告に問い合わせてみるべきであったともいえることに鑑みると、被告が訴外登記を有効なものと信じたことにつき過失がなかったとはいえない。

したがって、原告の帰責性、被告の無過失のいずれの点においても、被告の民法九四条二項類推適用の主張は失当である。

3  以上によれば、被告の抗弁は全て理由がないから、本件土地の所有権に基づき、被告に対してなされた本件登記の抹消に代え、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める原告の本訴請求は理由があることに帰する。

二  反訴(本訴抗弁が認められない場合の予備的反訴)について

被告は、原告の本訴請求が認容されると、被告が原告の故意又は重大な過失によって作出された訴外登記や念証等(乙第一ないし三号証、第一〇号証)を信頼して本件土地を買い取ったにもかかわらず、その所有権を失うに至るものであるから、第二売買契約代金相当額につき、原告に対して、不法行為に基づく損害賠償請求権を取得すると主張する。

しかしながら、前記一2(二)に説示したところによれば、勝又が前記のとおり二重に登記委任状を高橋に交付した行為が、被告に対する関係で注意義務に違反した違法行為に該当するとはいえず、前認定の事実関係に照らせば、ほかには原告に被告主張の不法行為があり、かつ故意又は過失があったことを認めるに足りる事情はない。

したがって、被告の右主張は失当であり、反訴請求は理由がない。

三  よって、原告の本訴請求を認容し、被告の反訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官安部正幸 裁判官菊地浩明)

別紙一

別紙目録・売却経過表・第二ないし第四図面<省略>

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